同居の姑の悩み
同居する姑にとって、家の事情を感覚的に理解してもらうためには、とりあえずでも、言葉で嫁の教育をしなければならない。
我が家のルールを教えなければならない。
ご近所さんとの付き合い方を教えなければならない。
我が家の味を教えなければならない。
孫を我が家の価値観にあった人間に育てなくてはならない。
同居をスタートするに当たっての姑の心理状態はこんな感じのはずである。
しかし、同居に限らず、人間関係というものは、こうした『〜しなければならない。』という心理状態がベースにあるときは、多くの場合、破たんする。
うまくいくのは仕事上のお付き合いのときくらいではないだろうか?
生活のパターンややり方というものは、それまでの毎日の繰り返しの中で自分の居心地が良い所に落ち着いているものであり、それを外部の意見で半ば強制的に変更させられるというのはかなりのストレスになってしまう。
同居した嫁姑の問題の根本はここにある。
そして、姑が同居を経験しているのであれば、姑自身、そのことを体験的に知っている、あるいは感じているはずである。
が、姑の時代は社会的にも別居や離婚は人生の中で、あるいは社会的にも、かなりのペナルティとなってしまう。
我慢せざるをえない。
義母に何を言われようが、どれだけストレスを受けようが、同居の心理としては、我慢がベースにあったのである。
同じこととわかっていながらも、ついついそれを嫁に求めてしまう。
完全同居の場合の嫁姑の人間関係は、こうして崩れていく。
今は、昔と違って個人の満足感が優先される時代である。
それはたとえ親子であっても、夫婦であっても犯してはならない聖域のようになりつつある。
たかだか数十年であるが、実は相当個人の価値観は変わってきている。
そのことを受け入れ側の姑自身が理解し、嫁との人間関係に反映していけるかどうか、同居がうまくいくかどうかはそこにかかっている。
逃げ場のある二世帯住宅でもない限り、あからさまにコントロールしようとしてはいけないのである。
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